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軍艦島上陸・周遊プラン

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池島散策&周遊プラン

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軍艦島周遊プラン

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軍艦島のガンショーくん
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自慢のコンシェルジュたち

コンシェルジュガイドのご案内

軍艦島コンシェルジュとは?

どんな条件も、そしていかなる場合においてもしなやかな行動力を養い、お客様を最優先に考え行動していきます。軍艦島の息づいた時間と歴史を辿る知識を兼ね備えます。世界でも極めて珍しい高層集合住宅や命がけの炭坑作業に秘めた想いなど、激動の時代を生き抜いた人々の生活を細部に至るまで表現していきます。

『軍艦島』という魂を、人々が命を懸けて家族や生活の為に生きてきた軌跡を語り継ぐ事を使命として日々活動しており、軍艦島の専門ガイド(コンシェルジュガイド)として軍艦島へ向かう船の中や上陸してのガイドをしています。更に軍艦島(端島)に関しての研究者、専門家(建築、土木、環境、生活、文化など)との連携を取り、定期的に勉強会を開催しております。

  • 軍艦島とは何か!?軍艦島の特別な事
  • ユニークな軍艦島建築物の話
  • 石炭、日本の近代化の始まり
  • ライフラインの話
  • 昭和の時代、島で生活していた当時の様子
  • 端島の文化、人々の気質
  • 端島での炭鉱夫の労働の話、その家族の話

自慢のコンシェルジュたち

理念PHILOSOPHY

「私達は、軍艦島を訪れる全てのお客様に
真実の軍艦島を伝えるべく努力を惜しまないことを誓います。軍艦島の軌跡を語り伝えるとき、この島を守ってきた人々に畏敬し、島の魂が語りかけてくるメッセージに耳を傾け、それをお伝えすることを使命とします。」

  • 心の中の引き出しを開いて
    皆さんにお伝えしたい。

    木場田 友次KOBATA TOMOJI

    1938年(昭和13年)長崎市生まれ

    昭和36年~37年の1ヵ年(24歳のとき)を軍艦島で過ごす。
    孫受け会社で肉体労働、事務、山渡りのスカウトなど
    様々な仕事を経験。30号棟に住んでいた。
    軍艦島で働いていた当時の人々の生活、気質を語る。
    軍艦島に対しては、「第2の古里として今も大切に思っています。心の中の引き出しを開いて皆さんにお伝えしたい。」

  • お客様にもそれぞれの
    軍艦島を感じていただきたい。

    小杉 徳寿KOSHUGI NORIHISHA

    1942年(昭和17年)長崎市生まれ

    おくんちが大好きの根っからの長崎ジゲモン。
    亀山社中のすぐ間近で生まれ育った関係で、長崎での坂本龍馬の研究をしている。2005年から「長崎さるく」ガイドとして活躍。さるくの龍馬のコースの企画、立案、講師もしている。今まで陸路から軍艦島を見ていたが、廃墟になって以来初めて島内に入ったときの印象は、「ショックだった。お客様にもそれぞれの軍艦島を感じていただきたい。」「軍艦島も含めての長崎の街、長崎人の良さを知って欲しいと思っています。」

  • 生活者の視点から
    軍艦島を語り継いでいきたい。

    森山 理保子MORIYAMA RIHOKO

    長崎県五島市生まれ

    1980年代の華やかなりし頃の池島で生活していたことがあり、閉山した端島炭鉱には特別な郷愁を感じている。生活者の視点から軍艦島を語り継いでいきたいと思っている。

  • 芸術の観点からも異なる切り口で
    表現していきたい。

    浜口 剛HAMAGUCHI TSUYOSHI

    1969年(昭和44年)長崎市生まれ

    長崎学の泰斗:ブライアン=バークガフニ教授に師事し、トーマス=ブレイク=グラバーの研究を行う過程で、帝国主義世界における軍艦島の歴史的意義を認識した。軍艦島は朽ち果てていくにすぎない過去の遺物なのではなく、現代を生きる我々が再び経験するかもしれない「未来像」。その滅びの美学を芸術の観点からも異なる切り口で表現していきたい。

私たち「軍艦島コンシェルジュ」では、出港前の
船内でガイドが軍艦島の概要を話し、映像もご覧頂きます。