鹿児島から端島、佐賀へとお父様の生活していた所を希望で
旅してまわっておられるとのことでした。
それで今回軍艦島ツアーにご参加されました。
お父様(写真右から2番目)は、
昭和48年の端島中学の卒業で49年の閉山まで2年間採炭の仕事をされていたそうです。。
自分が住んでいた65号に行ってみたいと乗船の際言っておられました。
ですが、アパートへ行けないとということが分かり非常に残念がっておられました。
‥・ツアー中、色々なお話をお聞きしました。・・・
『南側のプールの下の岩礁の所でサザエやアワビをよくとり遊びました。
野球のボールやサッカーボールが海に落ちた時はグランドの前の中之島へと
伸びる黒い浅瀬に待っていれば必ずボールはそこに流れてきました。
お風呂は友達と今日はあの風呂、この風呂と3か所ある風呂場のうち気の向く
場所へ入りに行ったものです。
5年ごとに同窓会をしています。
端島は前に比べ大分壊れていますね・・・』
帰りの船内では目的を半分果たされたのか、感慨にふけっておられるのか
終始沈黙されていました。
古里を見てみたいという軍艦島出身者の方が、よくお見えになります。
私たちも当時のお話をお聞きし、皆さんにお伝え出来れば嬉しいです。
http://gunkanjima-concierge.com